はぴねす2009年2月



理解し合う難しさ
牧師 藤波勝正

私が小学校3年生の時、日本は敗戦を迎えました。私が育ったのは今の湯河原町ですが、私の家の周りには当時としてはたいへん珍しい人間関係がありました。隣は退役した海軍中将、少し離れたところにはユダヤ系ドイツ人の一家、その隣には元アメリカ駐在外交官の一家がいました。この外交官の奥さんはアメリカ人でした。さらに、その近くには財閥系の会社の重役一家もいました。

戦時中でありながら、私の遊び友達は、日本人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれた少女とユダヤ系ドイツ人の姉弟でした。小学校にもユダヤ系ドイツ人の姉弟と一緒に通っていたことを思い起こします。今思うと不思議ですが、白人の姉弟と一緒にいつも学校に通い、家で遊び、けんかしていたのです。いまでは学校に外国人がいることは珍しくありませんが、戦時中にそのような経験をしたことは、私にとって大きな恵みとなっています。

ですから、文化と価値観の違う人々と交わることの大切さと難しさを幼い時から自然に知ってきました。特にドイツ人の一家との交流は高校時代まで続きましたので、私の人格形成に大きな影響を受けました。家族の在り方、子育ての方法、さまざまな習慣を学びました。

彼らはみな日本語が上手でしたが、同じ言葉でも理解の仕方が違うことが時々あり、衝突したこともあったように思います。そのようなときに相手を信頼して、自分の思っていることを率直に話すことが大切であると知りました。

私たちの人間関係では、「言わなくてもわかる」とか「以心伝心」など、言葉にしなくても理解し合える関係の大切さが言われますが、言わなければわからないときもあるのです。いや、話すことによって相手に自分の意思がより正しく伝わり、より理解し合える間柄になることができるのです。この意思の伝達の方法としては、ことば、つまり会話のほか、語るときの表情、プレゼント、スキンシップの三つがあると思っています。

聖書に、「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」(ピリピ4:6)とあります。全知全能の神も、私たちの率直な祈りを求めておられます。すべてを知る神は、私たちが祈る前に私たちの心の状態を知っておられますが、その神が、「あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」と私たちに言っておられるのです。それは、私たちが何を今望んでいるのかをはっきりさせて神に祈るとき、神がその祈りにこたえてくださるという約束です。

このことは、私たちの人間関係にも必要です。自分の意思をはっきりさせ、相手を信頼して感謝をもって正しく伝えることが教えられています。家庭内の夫婦、親子、兄弟という関係でも必要ですが、現代のように複雑になってきた社会では、この感謝と信頼の中で自分の意思を相手に率直に伝える努力をすることが大切だと考えています。



■小田原教会通信はぴねす目次■

■小田原教会TOP■